訪問看護“ここが知りたい”〜小児訪問看護②〜

病気や障がいを持ちながらも、地域でその人らしく生活できるように支援するのが訪問看護の役割。しかし、日々の実践のなかでは困難な事例を経験することも多いのではないでしょうか。「訪問看護“ここが知りたい”」では、各分野のスペシャリストに日々の実践に役立つケアのポイントやスキルを解説していただきます。

取材・監修協力
吉澤 奈津実さん(訪問看護ステーションくれよん)管理者
看護師・相談支援専門員
慶応義塾大学医学部附属厚生女子学院卒業後、1989年から大学病院等に勤務。
1999年に東京都立神経病院地域療養支援室、全国重症心身障害児在宅療育支援センター西部訪問看護事業部等で訪問看護に携わり、2007年に訪問看護ステーションくれよんに入職。2015年12月より同ステーション管理者を務める。
2019年4月に相談支援センターくれよん開所にあたり、管理者を兼務。
独立行政法人大学評価・学位授与機構にて看護学学士取得。

近年、気管切開や人工呼吸器の装着など、高度な医療的ケアが必要な重症心身障がい児が増加しています。小児訪問看護を実践するうえでのポイントを前回に引き続きケースを通してみていきます。

子どもの障がいの受容

保護者と子どもの絆を深める
訪問看護師のかかわり

家庭で子どものケアをする場合、保護者が子どもの障がいを受容できているかどうかは重要なポイントになります。

【ケース4】子どもの障がいを受け入れられない母親
退院後、自宅に戻っても母親の表情が硬く、病院で受けた説明については話すものの、子どもについて話すときには否定的なことばかりで、抱こうともしない。どのように母親と接すればよいのか。

●子どもへの接し方がわからない母親
子どもの障がいの受容は、家庭で子どもを育てていくうえで非常に重要なものです。しかし、母親が医療的ケアの必要な子どもの退院を承諾することと、障がいの受容は決してイコールではなく、障がいの受容過程には個人差があります
また、母親自身も子育てが初めてだったり、障がいがある子どもへの理解が不十分だったりすると、どう接したらよいのかわからないこともあるでしょう。小児訪問看護の現場では、自宅で母親と話をしているときの表情や行動、言動からその様子がうかがえることがあります。

●些細な表情の変化を見逃さない
なかには、障がいがある子どもは「話しかけても理解できない」「表情に出すこともできない」と母親が思い込んでいる可能性もあります。看護師が抱き上げて「今、笑いましたね」「ちょっとつらいかな?」など、訪問のたびに子どもの些細な表情の変化を伝えていくことが大切です。

子どもは「この人は自分のことをわかってくれる人なのだろうか」という気持ちで家族や周囲の人をみています。かかわっていくなかで子ども自身が「この人は自分のことをわかってくれる」と思うことで、より表情に変化が現れます。

子どもの表情の変化は一瞬で、“表情の変化を見逃さない”という思いで子どもを見ていなければ、わからない程度の微妙な変化かもしれません。しかし、母親と一緒に表情の変化を確認しながらかかわっていくなかで、母親も子どもの表情の変化がわかるようになっていきます。子どもにかかわることで、「もっとできることが増えていく」と母親が感じられれば、子どもに対する接し方は自然と変わっていきますし、相乗効果で子どもの成長も促されます。

たとえば、人工呼吸器を装着していても、呼気の際に「うー」「あー」などの声を発するようになり、明瞭ではなくても「おはよう」など、子どもの言葉が聞きとれるようになるようなケースもあります。看護師として、多くの子どもにかかわってきた経験を活かし、子どもの成長や発達を支えていくことが大切です。

●父親が受容できないケース

父親が子どもの障がいを受容できないことで問題が生じることは少なくありません。なかには父親が体調不良を訴えたり、自宅に戻らなくなったり、金銭トラブルに発展するようなこともあります。
子どもに関係のない夫婦間のトラブルや家庭の問題は、訪問看護師がすべてに対応することはできません。しかし、家族全員で子どもの療養生活を支えようとする環境がなければ、在宅での生活を継続することは困難といえます。

このようなケースでは、施設と在宅を行き来しながら子どもの療養を支えることも一案です。子どもにとっては生活の場が変わることによる負担はありますが、家庭での様子を見ながら徐々に在宅の日数を増やしていくなど、段階を踏んでいくことで父親が子どもの障がいを受け入れられる可能性もあります。

MEMO:訪問時間の調整で母親の健康にも配慮
家庭の問題が深刻化すると、母親自身も心の不調に気づかないまま一人で抱え込み、うつ病を発症してしまうケースもあります。主な介護者である母親が体調を崩してしまうと、子どもを在宅で見続けることはできません。
訪問看護師は母親の表情の変化、元気がない、口数が少ないなど、「いつもと違うな」と感じたときには「体調が悪いですか?」「何か不安なことはありますか?」など、声かけをすることが大切です。
たとえば、「夜間の吸引が多くて睡眠がとれない」という場合には、看護師が訪問している間に休んでもらうこともできますし、必要であれば1回90分の訪問だけでなく、1日3回訪問が可能なケースもあります。体調不良を訴える場合には訪問時間を調整して医療機関を受診してもらうこともできますし、毎年健康診断を受けてもらうことも重要です。母親は自分の体調が後回しになりやすいので、母親の健康を守り、子どもが在宅で療養できるように看護師が支援します。

 

きょうだいの養育への配慮

訪問時間の工夫で
見捨てられ不安を解消

保護者が子どものケアや観察、養育にかかりきりになってしまうことで、きょうだいに影響が及ぶことがあります。

【ケース5】きょうだいの「見捨てられ不安」
医療的ケアが必要な子どもがいることで他のきょうだいと向き合う時間がとれず、「兄が赤ちゃん返りをしてしまった」と相談を受けた。きょうだいの幼稚園の行事にもなかなか参加できない状況で、保護者はきょうだいの発育にも不安を感じている


●社会資源を上手に活用
看護師は、母親からきょうだいの発達の問題などの相談を受けることもあります。直接的な訪問看護の対象は医療的ケアが必要な子どもですが、きょうだい児の支援も非常に重要となります。訪問看護師で対応可能な相談であれば、看護師としての知識や経験に基づく助言などを行いますが、相談内容によって訪問看護師で対応が難しい場合には、行政、保健所などの他機関の相談窓口を紹介します。
子どもが在宅で過ごす場合、保護者は24時間365日休まずに子どもの体調に気を配っています。きょうだいに我慢をさせていることはわかっていても、子どもにかかりきりになってしまうため、社会資源も上手に活用しながらきょうだいを育てていけるようにサポートしていくことが大切です。

●見捨てられ不安に陥らせない
きょうだいが赤ちゃん返りをするのは「見捨てられ不安」の現れと考えられます。看護師が訪問する時間に合わせて父親、母親、きょうだいだけで外食をしてもらったり、幼稚園の運動会に父母揃って参加してもらったり、幼稚園の送り迎えのタイミングで母親ときょうだいだけの時間を作るなどの工夫が必要でしょう。訪問看護を有効に活用できるよう、訪問のタイミングを調整することも家族支援の一環です。

必要に応じてショートステイを活用するのも一案です。看護師が日ごろからショートステイの情報を伝えておくことが大切です。

 

ショートステイの種類 概要
福祉型短期入所 障がい者支援施設で受けられるサービスで、主に医療依存度の低い子どもが対象となります。
医療型短期入所 医療機関が実施するサービスで、医療依存度が高く、常に観察や医療処置を必要とする重症心身障がい児や遷延性意識障がい児が対象となります。

 

MEMO:ショートステイの利用は状況に合わせて
ショートステイは、子どもを在宅でみるうえで欠かせないサービスのひとつですが、24時間365日一緒にいる家族が行うケアほど手厚くはありません。過去にショートステイから在宅に戻って体調を崩した経験があるなど、子どもを預けることに不安が強い保護者もいます。子どもを施設に預けることだけが“レスパイト”ではありません。ショートステイの利用に不安がある場合には、訪問介護員や訪問看護師の回数を増やすなど、在宅の社会資源の充実を提案することも訪問看護師の役割のひとつです。

 

多職種との連携

他職種との情報の共有が
質の高い訪問看護提供のカギ

●ICTの活用で連携を強化

訪問看護は医療機関をはじめ、各所との連携が非常に重要となります。自治体ごとに在宅療養者を支える医療・介護の多職種コミュニケーションツールとしてICTを活用する事例も増えています。

医師や看護師、薬剤師、介護職員、相談支援専門員など、在宅療養を支える職種は数多く、それぞれが別の事業所に所属しており、利用者によって使っている事業所も異なります。当ステーションのある小平市でも、タイムライン形式の完全非公開型のSNSを使っています。小児訪問看護では、複数の訪問看護ステーションが入っている利用者もいるため、訪問時のケアが利用者にかかわっている全スタッフで共有できる点がメリットです。

たとえば、訪問看護ステーションの看護師からの「痰が多かった」という報告に対し、医師からどのような確認事項が入ったのか、その返答と医師の指示が全職種に共有されます。褥瘡がある子どもへのケアでは主治医以外の皮膚科医がチームメンバーに加わることもありますが、看護師が撮った写真を皮膚科医がみて使用する薬剤やドレッシング材を指示することもできますし、その情報は他職種も確認できます。
過去の指示をすぐに遡って確認できるのもタイムライン形式のSNSの大きなメリットでしょう。ただし、基幹病院などの医療機関ではSNS導入が難しいのが現状です。その場合は個別に情報共有をはかります。

MEMO:ICTの活用は利用者に十分な説明を
ICTは、医療・介護のサービスを提供する各職種にとって有効なツールである一方、保護者のなかにはICTのことを知らない人もいます。たとえば、複数の訪問看護ステーションが入っているケースで、一方のステーションの看護師から報告を受けていた内容の話をすると、「なぜその情報を知っているのか」「情報が漏れているのではないか」と不安を訴えるケースもあります。情報共有はケアをするうえで欠かせないことですが、「必要最低限のことしか話さないでほしい」と思っている保護者も少なくありません。若い保護者のなかにもSNSに拒否反応を示す人はいるので、個人情報の扱いについては事前に説明し、同意を得ることが重要です。

 

株式会社eWeLL

私たちは訪問看護支援システム『iBow(アイボウ)』の開発や販売、 サポートを行っております。「ひとを幸せにする」をミッションとして 掲げ、訪問看護に従事する医療関係者の皆様や、訪問看護を利用される ご利用者様のお役に立てるよう、サービスを提供しております。

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